無職

【未熟なフリーランスもどきの苦悩】延長する地獄の夏休み

28才まで残すところ2ヶ月を切った。

そんな私が夏休みなんて言葉をそれも、もう秋だろうという10月のこの時期に使うのもどうかとは思うけれど、実質8月から続いたプー太郎生活は今尚継続しているのだから夏休みの延長と言ってもいいのだろう。

さて、退職してから3ヶ月が経った。働き働き盛りの30手前がなぜすぐ就職もせずにいるのかと読んでくれている方は思っていることでしょう。今日はそこを説明させてほしい。

プログラミングに熱を帯びた7月

まず6月初めに有休消化してから7月の終わりまでの間の期間。この期間は正直猛烈だった。勤勉でもなく、穏やかに生きたいと人生設計を考えている私にしては稀な期間だ。

プログラミングスクールでサイト制作の基本を勉強していた。とりわけ7月は異常なくらいで、進捗が周りと比べて遅い私は非常に焦った。遊びにも行かず、1日10時間以上はひたすらコーディング(webサイトを1から作る)をしていた。

おかげさまで簡単なサイトなら、ほぼ同じサイトを1から作れるようになった。

ただ、猛烈に辛く、大して今後サイト制作で飯を食べていく気のない私にとってはなぜやるのかに疑問が少なからずあった。

フリーランス志望者のためのスクールで、プログラミング初心者にとってはハードルの低いのがサイト制作。大変人気のスクールだし、オンラインでもないため無職にならないと行けないという点が根強くて、一生のうちに今しか行けないという気持ちが後押しした。

ただ、本当にやりたかったのはサイト制作じゃない。世の中に出回っている便利なwebサービス。そして、プログラマーの高い給料。僕にとってはそっちが魅力だった。サイト制作はやり込めば確かにプログラミング要素も強くできるけれど、実際にはプログラミングというよりデザイン性の強い分野。つまりは、コーディングであって、それは深いプログラミング知識を必要とせず、したがってプログラマー市場では価値がそこまで高くないのが現実だった。

スクールのカリキュラムをやり終えた時、私の気持ちは宙ぶらりんだった。

自由になった8月は絶望の入り口だった

スクールを終えて、久しぶりに自由に時間を使えるようになった。出張ばかりで休みも少ない生活からも解放され、スクールも卒業し毎日コードをうつ必要性もなくなった。だが、3月から仕事をしながらプログラミングの勉強を開始し、5ヶ月間はろくに遊びもせずコードを打ち続けたのでどこか根拠のない自信があった。

当初はすぐに就職活動をする予定ではあったが、フリーランスとしてやってみたらどこまで自分の力が通用するのか試してみたくなった。そこで在宅でも仕事ができるクラウドソーシングサービスを利用して、サイト制作案件をするとともに、地元企業や前職の会社にサイト制作の営業をかけてみることにした。

結果からいうと散々だった。まず直営業は全く仕事に繋がらなかった。前職の会社には「もうちょっと待ってくれ」と言われたまま、この10月を迎えても音沙汰ないし、地元の会社もはなから返信がない。実務経験はないから当然といえば当然で、予想はできたことではあるが、自尊心を低下させるには十分だった。

一方、クラウドソーシングでは受注に何件か繋げることができた。ただ、自分に自信がなく実績作りという意味合いで、受注に繋がりやすくするため大げさなほど安く請け負った。せいぜいお小遣い程度で、適当な派遣バイトをした方がよっぽど時給は高いくらいだ。

とはいえ、適当な派遣バイトとは違って経験量は価値が高い。お客とのやり取りから、実際にサイトをデザインし、サーバーにあげるのは実務初心者にとってはスリリングな作業だった。というのも、トラブルが起きたとしても頼れる人がいないからだ。フリーランス、業務委託、個人でやる以上その全てを自分1人で解決しなければいけない。

そして残念ながら、受注する案件ごとに予期せぬ致命的なトラブルが毎回起こり、慌てる担当者の対応しながら、やばいやばいと心の中で叫び、憂鬱と絶望にぶちのめされる日々が続いた。グーグルで必死に同様のトラブルはないかを検索し、トライした。

今のところ受注した案件で起きた大きなトラブルは全て解決し、納品までこぎつけたが、この安定しない日々がいつまで続くのかと思うと絶望だった。

やはり実力不足。いきなりフリーランスはリスクが高すぎる。ここまでは運良く解決できてきたが、解決できない案件にぶち当たったら謝罪、利益ゼロでの損失の補填するしかない。

いつしか、「プログラミングを覚えて、将来安定、そして自分自身でオリジナルのWEBサービスを立ち上げるんだ!!」という当初の希望は崩れ去っていた。

そして答えは決まった。やはり就職しよう。

現実逃避の9月

9月になっても、実際のところ、私のミスで終わっていないサイト制作案件があった。しかし、担当者のレスがあまりに遅く、中々進まない。ミスの罪悪感から「もう嫌だ」という気持ちが強くなり、youtubeでゲーム実況を見たり、やりたくもないのにゲームをしたりの日々が続いた。それでも唯一、減っていくだけの銀行口座の残高は私を現実に戻した。しかし、それすら見たくなくて、また二次元に目を背けた。

ちなみに就職に向けて面接に一回行った。都内のwebサービスを展開している会社だ。ただ、サイト制作会社ではないため、今までの独学やクラウドソーシングの経験が一切評価されず、逆にお祈り前提で就職アドバイスを受けるはめになった。「またご縁がありましたら」と絶対に縁などないだろう決まり切ったセリフが胸に突き刺さった。

ただ、そこで明らかになったのは、果たして私は何がやりたいんだろうということ。そこがあまりに不明確だった。IT企業と一言に言っても、やっていることは多種多様だ。コーディングができてサイトはつくれても、webサービスを作れる訳ではない。完全なミスマッチ。しょうがないことだけれど、これまた落ち込む要因としては十分だった。

長引いたサイト制作は当初は数日で終わるはずが、結局9月末まで長引いた。焦りと罪悪感から徹夜したりしてなんとか公開へと漕ぎ着けた。もとは完璧主義なところがあるので、サイトの質自体はだいぶ向上したと自負している。ただもちろん、時給換算は最低時給を下回るし、嫌気の方が強まった。

その一件もあってクラウドソーシングに、というより自分の実力のなさに嫌気がさし、案件を受注するのはそれ以降一切やめてしまった。そう、そして完全な無職になった。それでも現実逃避で引きこもりな生活は続いた。

どこかへ行こうと思うとお金がかかる、お金はない、そもそも行きたいところなんてない。やりたいこともない。生きている意味なんてまるでなかった。

焦燥感で動き出した10月

尊厳なんてまるでなくなっていた私だったが、それでも定年退職をした両親には迷惑をかけたくないという身分不相応なわがままな気持ちはあった。今は貯金を切り崩し、かつ雇用保険で生活が成り立っているとはいえ、家賃やプログラミングスクールのローンの支払いなど、破産するのは時間の問題だった。それくらいの意識はあった。

相変わらず何をやりたいかは不明確なままであったが、現実的に就職活動をすることにした。未経験、web、年間休日120日以上、服装自由などわがままを通そうとすると、大抵が特定派遣型、いわゆるSESと言われる、ネット上ではブラックと言われるな求人が目立った。客先在中の仕事のため、勤務時間・休日は案件に左右されるし、身につくスキルもピンキリという話が多く全く気が進まないが、求人を見ていてアプローチをくれる会社は大抵こういった会社だった。

しかし、探してみればそれ以外もあるもので。結局探すに当たって、リクルート、Wantedly、Green、Findjob、indeedなどいくつものサービスを利用した。

そして明後日1ヶ月ぶりに面接に行くことになった。給料こそ高くないものの、必要な資格は満たしているし、スキルの成長も見込めるweb系の会社だ。

正直、今のような朝起きてゲームして、youtubeを見てと言ったクソみたいな生活を抜け出せるのであれば何でもいい気がしてくるが、また就職先が決まったらここで報告させてもらおうと思う。