正社員

正社員70日目 泥酔ゆとりがゆとりを援護する

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ただいま「ゆとりですが何か」を観覧中。

まだ始まって10分しかたってないですが、なんというか見てるとぐっとくるものがありますね。同じゆとり世代のど真ん中に生まれた身として。

「それ、甘えだよね!?」とか。ボクならもっと言葉選んで、そんな反応避けるけどなぁとか。まあ現実にはそんな上手くいかないもの。

今日はうまいこと仕事が順調で残業30分ほどでホテルに帰ってきました。とはいってもボクは相変わらず何もやってないに近いんですが。

その後、ホテルの大浴場に10歳上の上司と一緒に入って、そのまま上司の部屋で宅飲みモード。腹に何も入れない状態でアルコール9%のストロングゼロはめちゃくちゃ酔いました。

日中仕事中は言葉にリミッターが利いてるボクも、酒過ぎるとリミッターが泡のごとく崩れ去るわけで。いろいろと上から目線で調子乗って話してしまったような軽い記憶。頭がふわふわして思い出せないわけで。

客観的にみたら、ゆとり世代の調子乗った話し方に口裏合わせてやる上司って絵ヅラ。

ゆとり世代、ゆとり、ゆとり。機会あるごとに耳にしてきたフレーズ。

物心ついたころから、ゆとり世代ながらもゆとりと思われないように、しっかりとした人間を目指してきました。その甲斐もあって、しっかりしてるねとか、B型ながらA型っぽく几帳面そうとか、そういった印象を築いてきたわけっす。

でもそこは若者らしく、どこか窮屈に感じて、割とマイペースなど自分らしさをそこそこ出すようにして、心のバランスを保つように最近はしてます。

改めて思えば、今のゆとり世代を作ってきたのは、ゆとり批判の団塊の世代あたりになるではないですが。もちろん子供の教育だって彼らの理想を当てはめてきたわけで。

ゆとり世代は各自の正義が強くて、でも人の感情には敏感で思いやりのある世代のあるように思うわけです。生意気ながら。

しつこいながら生意気ですが、団塊の目指した理想は間違いなかったと思うわけです。

個人を殺して、有無を言わさず固定観念を強制的に植え付けていた時代よりは、だいぶ個人の尊重は促されている。にも関わらず、ゆとりのデメリットにばかり目がいくのはどこか思慮が浅い気がして。

まあ自分たちの保護的な意見になってしまいましたが、時代の流れでいえば、ゆとりの反動で次はまた運動会系が多数派を占めるような時代へ変わるんでしょうかね。

地球の歴史からちっぽけなもので、ゆとりと言われた時代もいずれ忘れ去られる。そう思うと、ゆとりとかそんな一過性のことで議論するのもちっぽけに感じます。

やばい酒のせいで無駄に熱く、ウザ目になってしまいましたが、ここんとこで明日に備えて寝ることと致します。頭を冷やしますかね。