正社員

正社員17日目 僕らの人生なんて価値はない

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今日いよいよ最後の作業が終わり、残すところ片付けがあと少し。明日にはホテルをチェックアウトします。

今日はなんとなく人生について。笑

命は大事だ、とか自殺願望者に説き伏せるようなシーンをテレビで見かけることがある。ボクはそれが正しいのかわからない。

そりゃ、家族や彼女、友達が死んだら、今は関わりが乏しい人であれ多分ボクは泣く。それだけ涙もろい側面がある。

でも「なぜ死んでしまったんだ」とかいうように死んでしまったことを否定しようとは思わない。年老いた人や病気で死んだ人には「よくここまで生きてきたね。」とたたえてやりたい。 自殺を選んだ人には「辛かったんだね。」と同調してあげたい。死そのものの否定はできない。

人の死なんて必然的だし、見た目こそ痛々しい死に方も多くあるけれど、それでもちっぽけなイベントに過ぎない。人間は増えすぎた気がするし、ひとりの死はありふれている。そしてボクらはいとも簡単にあっけなく死ぬ。 

それが無職の間に本を読んでいく中で強く根付いた考え方でした。

誰かに叱られた時、嫌なことを言われた時、わずかなプライドが抵抗して言い返したくなります。でも自分はきっかけがあればすぐ死ぬし、存在はちっぽけで価値がない。それを思い出すだけで無駄に自分を大切にしようという思いが消えて、返って気持ちは楽になります。 主観的視点から客観的視点になれるからでしょうか。

こんな考えは決して多数派になることはない。そもそも生存本能に反するから反感を覚えるのが当然でしょう。 それにメディアでこんなこと言ったら、極端にいけば自殺者の増加に繋がりかねないし、労働力の減少は国の経済力の減退にもつながるわけで。でも本の中であれば、死の正当化を訴えているものは多く存在するように思う。

結局のところ、ボクは死のう!と言ってるわけじゃないんです。そうであればこんな記事書けずに死んでるでしょうし。笑

そうではなく、自分を大切にしようというのは止めるのも手なんじゃないかってことです。大切にしようってのが、自分を守ろうとして人を傷つけ、喧嘩を生み、苦しくなるから。

ボクが生きてる意味?そんなのない。ほんとない。

じゃあ不幸かと言われると、逆で幸せです。無職の絶望の期間を通じて、人生のいろんな側面をいかにバランスとるかを学べた気がします。もっと具体的には諦めることが上手くなったからかもしれません。