無職

無職、改めて友人に仕事相談をする。

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計3人の友人と話した

年末にかけて、特に予定はそこまで埋まってない。22日に面接、25日にデート、26日に高校の友人と会うくらい。無職らしい平和な師走となりそうです。

昨日は友人と会い、相変わらずいい仕事ないかな~って話をした。

その友人は今月中に退職予定で、来月から外食に転職する。そんな彼が学生時代にバイトをしていたハワイアンレストランは土曜だけあって賑わっていて、店員もどこか忙しさを楽しんでいるようでした。

なるほど、外食というといろいろな不安要素ばかり思い浮かぶところだけれど、ここみたいなところなら働くことに楽しさを見つけるのも簡単そうだな、と他人ながら感じます。ついでに同じ大学時代の友人も仕事を辞めて、そこでバイトをしていた。明るい奴で会えてとても嬉しかった。 

そして今日は農業インターン時に会った福岡の友人と長電話をした。 そっちの彼は老舗の食品メーカーで働いていて、青年海外協力隊への参加に向け、お金を貯めていた。それゆえ、お金のめどがたつ来年の夏頃には退職する目算らしい。

そんな彼にもいろいろ相談して、「こんな求人サイトあるよ」「NPOなんてのもいいんじゃない?」などいろいろとアドバイスを受け、全て真摯に聞き入れた。なんというか、まあ無職で立派な職歴はないけれど、こういった友人がいるだけでもどこか嬉しく誇らしくなります。

クリエイター系を改めて考える

そんな彼に言われたことに、「76さ、インターン中とかもパワポ作ってたりしたじゃん?そういう何か作ること好きなとこあるんじゃない?」といったことがありました。 確かにインターン先の担当者にパワポ作ってほしいんだー、と依頼され、研修には関係ないながらも、即了承したことがあった。だって、パワポ作るのは好きでしたからね。大学時代もゼミのパワポはほぼボクが作ってましたし、後輩からも頼まれて訂正とかもやってました。

もちろんパワポだけではなく、冊子関係やロゴのデザインとかも進んでやってたな~といったことを思い返しました。大学時代はいろんなことに手を出してきましたが、やはりデザイン関係はその中でも大好きな分野でした。

それゆえ今になって悔やまれるのは、そこまで好きだったんだから、美術系大学にでも行っておけば良かったなあと言うこと。親からの反対に反論できなかったあの頃のボク。当時は高校生とはいっても、確かに芸術学部よりも経済学部の方が立派な大人になれそうな気がしていた。 いや、まだ25歳だし遅くはないか。

大学時代に最初に内定を貰えたところも、関連した業務を行えるとこではあった。でも、部署が違ったし、デザイナーこぼれで諦めた人を社内で見かけてから、「自分もこんな感じになっちゃうのかな~それは嫌だな。」と感じて、そういったクリエイターの道どころか、内定も蹴るという形にしてしまいました。

そう考えていくともったいない気持ちがうずきます。こう25年生きて、その中でも数少ない自分が熱烈に力をいれられることを手放してしまったわけですから。 今でも金貰わずに引受けるくらいには好きな分野です。

フォトショとイラレがほんの~りできるくらいなので、実務レベルになると認められる自信はすぐにはない。でも辛くても勉強していく自信だけはあって。それゆえ、会社もそういった視点から応募しております。まあデザイナー職で受かる気がすらすらないので、関連した作業分野です正確には。 それにプラスして、他の業種もちらほら応募。

さて12月の第4週は1ヶ月ぶりくらいの面接と半年振りの高校の友人との会合。硬くこんがらがった頭に刺激をまたもらってきます。

何?就活のやり方甘いんじゃないかって?うるせー! こうやって少しずつでも前に進められてるだけでも、進歩だちくしょー!・・・といった感じで他人は気にせずいきます。笑