無職

無職と彼女と、その顛末。「3.就活をしよう」

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前回:無職と彼女と、その顛末。「2.ありえない」

去ってく彼女を横目に座席に座ると、鼓動がどうしようもなく高まっていたことに気がつきました。それと同時に彼女との思い出が思い返されて、ここで終わるんだなと思うと引き裂かれるような気持ちでした。

家についてすぐベッドに横になっても鼓動は止まりません。全く眠気がありませんでした。いつもならどんな状況でもすぐ寝付けるんですが。

仕方なく、沈んだ時に元気をもらってた五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」という50ページあまりの冊子に目を通しました。いつもなら途中で感動して泣くんですが、今日は全く頭に話が入ってきませんでした。ただ2つだけ印象的だったことがあります。

1つは辛い状況で「有り難う」と言うことで、今後の不幸の連鎖を断ち切ることができるというまじないみたいなもの。もう一つは、五日市さんがイスラエルであったおばあさんの言葉で「運命というものはね、あるのよ。私たちの人生はね。最初からほとんど決まっていたのよ」というものです。


決まっていた。


大学2年のころ。そのときは失恋の直後でした。同じ大学の女の先輩にフラれたことを話したことがありました。一通り僕の話を聞き終えるとその先輩はこう言いました。


「当たり前じゃん。」


先輩は僕の彼女を知りません。僕とも短い付き合いなので、なぜそこまで言えるんだろうと憤慨寸前でした。

「どうしてですか?」


「いつか別れは来るものなんだよ。絶対にね。」


決まっていた。そうかもしれない。そうなんだろうと今では思えます。

運命か・・・と思いながら、「ありがとう、ありがとう」と呟きながらその夜は眠りにつけるまで待ちました。しかし、結局鼓動の高まりはおさまらず、眠ることはできませんでした。

朝の5時。どうしようもない。でも何もする気になれない。今まで引きこもって時間を潰してきたアプリゲームも、映画も一気に価値を失ったようでした。死のうか。いや、


就活しよう。


彼女とぎくしゃくしてしまった1番の原因はただこれだけなのです。ただ働けばいい・・・他人目からすると単純なことですが、実際の自分のこととなるととても複雑に考えてしまう。でも、それでいつまでも立ち止まっていたら、本当に大事なものを失ってしまう・・・そんな気がしたのです。

いやもはやもう手遅れかもしれません。それだけ言ってはいけないことを言ってしまったのですから。振られる覚悟なんてまるで出来ていません。彼女との楽しい思い出がもう途切れてしまうなんて。

でも諦めるものは諦めなくちゃいけない。そして前に進まなくては。

相変わらず鼓動が激しく、それに従うように求人探しを始めました。

彼女とは三日後会うことになりました。イルミネーションの綺麗な街でどんな宣告が待っているんだろう。9割の諦めと1割の期待。どちらにしろ、もう止まっていることで息が切れそうです。動くことで誤魔化されるのであればそれは癒やしです。

(次回に続きます。)