雑文

承認不安の時代


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認められたい私、認めてくれない社会~「承認不安時代」の生き方~


とても共感しました。
なんでしょう。40代以上の方が読んでも共感は出来ない人が多いと思いますが、若い世代は共感できるんじゃあないでしょうか。

その証拠に、やっても金にならないが、自己満足に限定されず他者に承認されやすいソーシャルゲームが流行りまくってるわけですし。
それに、自分が何したいかわからないの先には、結局誰に承認されたいか、何をすれば承認されるのか、さらには自分がしたいことの先に承認があるのかといった部分が根源にあると思います。

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マズローの欲求階層説ってありましたよね。この欲求段階によって行動目的は変わってくるので今回参考にします。

就職前の学生なんかはまだ何も社会的な経験がないがゆえに、大手を狙うといったみんなと同じような就職活動を行うことで社会的欲求を満たそうとします。

就職後はその次の尊厳欲求に焦点は移行し、いかに会社で認められるかが最大の課題となります。20年くらい前までは、この会社の存在が強かった。しかし、様々な変遷を経て、会社の存在に異義を問うようになってくると、この尊厳欲求のあり方に迷う人は拡大し、結果的に生き方という大きなテーマで多様化が進んだように思います。

会社に認められれば幸せになれるのか?

こうした疑問が広がれば広がるほど、会社の存在を信じられなくなり、愚痴が多くなり、さらには情報化で労働者の情報発信が加速し、ブラック企業という言葉さえ生れるようになりました。この動きは不況のせいで企業が過酷な労働を強いるようになったというよりも、労働者の欲求意識の変化が強く影響しているように思います。昔よりも今の方が実質的に労働量が増えたようには思えないからです。

誰に認められれば満足か?

会社では満たせないとすると、家族、友人、恋人などの候補が挙がりそうですが、もちろんこれらが重要ながらも、これらだけに焦点を合わせると2段階目の安全欲求が満たしにくくなります。というのも、生活のために金を稼がなきゃいけない以上は3段階目以上の社会欲求を満たす活動をせざるをえないからです。

家族や友人といった内的社会の存在だけでなく、会社などの外的社会にも認められなくてはいけない。しかし、今のように認められなければならない存在の地盤がぐらついていることから、認められる必要性は感じながらも他の場所で自分を認めてくれる者を探す人が増えています。

例えば、シェアハウスの増加は家族以外の人物と内的社会を形成することで社会的欲求を求める動きですし、在宅ワークの増加は会社以外で外的社会での尊厳欲求を満たそうとする動きの拡大の結果だと言えます。