雑文

何が楽しいかわからない話

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今香川県です。明日、明後日と仕事が終わったら横浜に戻ります。

そんな今日と昨日は休みでした。

休みの日って困りませんか?

そりゃ休みの前日は翌日寝坊できる解放感があるけれど、いざ休みに入ってみると何をしていいかわからない。

さてなんでこんなことに悩まなければならないんだろうなあと考えてました。

したいことも行きたいところもない。

→なんで?

→どーせどこいっても何しても、心が動かない自分を想像するに容易いから。

そうなんです。

最近何に楽しいかわからないのです。

恐怖とかは感じられるけれど、これはすごい嬉しいなとかはご無沙汰な感情です。

さらに深堀りしてみます。

→そもそも楽しいとか嬉しいときってなんだろう

→人に認められたとき、珍しい幸運がきたとき

そう。そんな感じだから人に喜ばれる自分を作ってきました。

そうじゃなきゃ 否定されて生きにくいでしょ?

そうなると、もう自分視点っていうのがなくなっていって、いや、自分のしたいことを思いついても、人の目に悪く映るから排除・・・となったわけで。

それでも改めて、何が嬉しいだろうと考える。

・女の子からLINEやFacebookからメッセージが届いたことを知る瞬間
・久しぶりの友人と会う瞬間
・Amazonで頼んだ商品が届いて、箱を開ける瞬間
・初めての食べ物を注文して、自分の前に届く瞬間
・数か月前まで下手だったMT車の運転を上手に運転できてる自分に気が付く瞬間
・ゲームのマルチプレイで、すでに他のプレイヤーは死亡。そして大勢の敵に狙われ、逃げつつも、なんとか振り切って、仲間を復活できた瞬間。
・仕事が終わって、家やホテルに帰ってきてドアを開けた瞬間
・眠るために、ベッドに入って目をつぶる瞬間
・地震が来て自分が死ぬかもしれないという瞬間

それら瞬間が来るときは希望に心満たされて、心の中も色彩が増す感じ。

でもその一瞬も過ぎるとまたモノクロの時間。

また自分をどう動かすかに追われて、何を目指して、何をすればいいのかは不透明。

むしろ真っ黒い中を流されるままに動いてるだけと何も変わらない。

無色のときよりお金が増えたのだから、できることは増えたはずなのに、特に何も変わってない気がする。
 

これだけ病んでいるのだから、仕事なんか休んで・・・という声も聞こえてきそうだけど、休んだところでどうしようもない。むしろ暇な時間が増えて何したらいいかで尚更苦しむ。

だからただただ働く。

焦燥感もあるし、死にたいというジョークも半分ジョークで、半分は。