正社員

仕事してみて価値観が変わった話

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ほぼニートだったときから、今の仕事に就職して七か月がたちました。

毎回の記事でも書いてますが、初っ端から全国への出張で忙しく、休日出勤もなんのその。プレイべート?そんなもの求めるよりとにかく稼げ!!ってな生活を送ってます。 

そんな中で行き着いた答えが一つあります。

「本当に価値あるものは実態ではなく、心の中にある。」

とても抽象的で、精神論地味てて、説教くさくて、とても人前で実際に言えたもんではないんですが。 

まああくまで個人的に感じたことなので、誰にでもあてはまるような一般論化する気はないです。

仕事を通じて全国各地で、綺麗な景色や美味しい食べ物に出会って、さらには資産も増えてきてはいる。しかし、予想以上に毎回感動は薄い。

とりわけ、ボクが死ぬまで一度見たかった北海道・美瑛の丘。確かに本州で出会ったきた景色よりは広大で美しいものが見られました。でも、感動は思ったより小さかったのが現状でした。

単にボクの期待が膨らみすぎていただけかもしれない。もしくは、ボクの感情が廃れていて、何か心の病気で感動できる土壌がないのかもしれない。もし、数年間ボクが監獄に収監されていたら、小さなことですら感動できたことでしょう。でも今のところ、刑務所にいく予定はないので、そういうわけにもいかない。

いろいろとなんでだろうと悩みました。

その結果、実在の何か以上に、自分の頭の中の想像の方が美しいと気づいてしまいました。 

彼女についてもそう。愛していますが、実際に会うときよりも、会わないときの方が想いは強いです。あとは欲しいものも、手に入れてしまうと、大して大事にしていない自分がいる。

人間の欲望なんてすべてないものねだりで、手にしていないときの方が、欲しい対象は美しく、価値があるように思えます。

そんなわけでことさら全般的に欲求することがなくなってしまいました。一見すると、幸せなことなのかもしれませんね。

それに付随して、本を読む素晴らしさに気が付きました。読書中は目に見える景色なんか白に黒い文字ばかりで、素敵なメロディが聞こえるわけでも、よだれが出るような匂いも味覚も出るわけでもない。

それでも、頭の中では主人公が走り回って、日常では出会えない緊張に、恐怖に、安堵に、感動すらも想像することができる。 

人間の刺激なんか、結局のところ感覚器官から伝わったものを頭で解釈して作られるわけなので、貨幣経済で法律に縛られた現実で高い興奮を得ようと思うなら、本の世界が手っ取り早い気がしたわけです。

あとは音楽。上のフジファブリックの曲聞いてると、八月の花火が例え見ているわけでもないのに、頭の中にイメージが押し寄せて、とても切なくなります。メロディや歌声も素晴らしいですが、言語の力って恐ろしいですね。

まあ極論染みてる気もしますが、あながち共感できませんか?笑