仕事と向き合う中で、ボクが1番印象的だったのは
上司という存在です。 
年数と経験をへて、責任を負う人物。
新入社員の将来像。
今回はそんな上司に何を感じていたかをまとめました。 

毎朝絶望感とともに目覚め、上司に恐怖を感じながら日が暮れるまで作業する。
帰った後は疲れ果てながらも、寝るまでに何かできないかと考えながらも
気がついたら眠っている。
そして目が覚めたらまた絶望感の中にいる。
たまに友人と飲んだりしても、それが解決になるわけでもなく、
月曜日にはまた敵もわからない闘いの中にいる。

こんな毎日に虚無感を感じていました。

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人によって何を大事にするかは違うので絶対的なものはありません。
社会的経験、お金は大事だとボクも思います。
しかし、盲目的に仕事をしていても救われる時代ではないです。

ここで長年勤めている上司達がイキイキと生きていたらどれだけ救われたことか・・・。
実際には長年勤めるほど愚痴は多く、理不尽な態度で周りにあたる人が
ボクが接してきた人の大半でした。

ベテランだからといって、見合った給与も時間的余裕もあるわけではない。
転職したといって解決できる案件があるばかりでもない。 
上司達の楽しむ姿がボクの見えないところにあったのかもしれません。
しかし、どう見たって中間管理職になればなるほど
ストレス飽和状態の毎日が常のようでした。

ボクはまだ半人前だから、怒られ、ストレスも感じるのはしょうがないです。
誰も責める気はないです。上司も社長も、顧客も、そして時代も。 

でもあえていうなら、努力の先に上司達の報われる姿が見たかった。 
そんなものすら贅沢なのでしょうか?
しかし、自分が近い将来になっていくだろうその立場に
希望が見いだせないにも関わらず、誰がなりたいと思うだろうか。


大人達の常套句にこんなものがあります。
「みんなそうだから。みんな大変なんだから。」

このセリフの背景を読み解くと、どうも相手を納得させるためというよりも、
自分が守ってきた常識を守るためといった目的が強い気がします。 
誰だって自分の信じて選んだ考えを批判はされたくないものです。
それが自分に対する主張でなく、他人の行動から聞こえるものであっても。

 無理して我慢することが美徳とされる日本です。
メディアや学校教育を通じて刷り込まれている意識。
その一方で近年増えてきている「おかしいんじゃない?」という違和感。

常識と違和感の間で苦悶しながらも、批判される中で退職を決断しました。
「何が正しかったのだろう」という問いは今も頭の片隅でうずいています。

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